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さいたまツーリング

ジェベルでツーリングに出かけるのは久しぶりだ。
長らくまともなツーリングに出掛けていなかったことを反省し、エンジンをかけた。
 
今回のツーリングで向かった先は、行田という埼玉県北部に位置する町だ。
今から約400年前の天正18年(1590年)、行田は戦国乱世の只中にあった。
 
天下統一を目前にした豊臣秀吉は、関東地方の北条氏を屈服させるべく、
大軍を率いて攻め込んだ。
 
当時の行田は、北条氏の支配下にあり、忍(おし)城攻略戦が展開された。
忍城攻略の指揮をとったのが石田三成だった。
 
三成は難攻不落の忍城を落とすことによって功名を挙げたかったに違いない。
秀吉の側近として、秀吉の戦いぶりを見てきた三成は、「水攻め」作戦をとる。
これは秀吉の備中高松城水攻めを意識したのだろう。
 
忍城の周囲には河川が流れており、それを堀とした天然の要塞だった。
三成は堤を築き、川の流れを変えて忍城を水攻めにした。
ところが、忍城は落ちず、水の中に浮く「浮き城」と言われるようになった。
 
結局、三成は忍城を攻略することができず、小田原城落城の後、忍城も開城
することによって、戦いは終わりを告げた。
 
三成は文官だけに、戦いは苦手だったようだ。
その三成が後に関ヶ原の戦いで敗れることになるが、忍城はそれを暗示していたのだろうか。
 
現在は三層の櫓が復元されており、内部は歴史資料館となっている。(入館料200円)
今は静かな公園になっているが、落ちない忍城を悔しげに見つめる石田三成の地団駄が聞こえてきそうだった。
 
 
忍城を散策した後、ご当地B級グルメを味わうことにした。
行田市には「フライ」というご当地グルメがあるのだ。
 
「フライ」とは、揚げ物ではない。
お好み焼きの生地を薄く焼いたようなもので、とにかく安い。
僕はフライ(小)を食べてみたが、300円だった。
 
 
「ゼリーフライ」というものもある。
ゼリーを揚げたものではない。
詳しくは行田市のHPをご覧頂きたい。
 
腹ごしらえをした後、向かった先は同じ行田市内にある「さきたま古墳群」だ。
埼玉(さきたま)古墳群は国指定史跡で、9基の古墳が集中している。
また、埼玉県の県名の由来になったのが、埼玉(さきたま)である。
まさに県名発祥の地である。
 
古墳群は公園として整備されており、僕も古墳めぐりをしてみた。
丸墓山古墳は高さ約19mで、登ると見晴らしがよい。
 
 
教科書でしか見たことがなかった前方後円墳が目の前に横たわる。
今から約1500年前の古人は、この地で何を見ていたのだろう。
僕が見上げるこの空の色は、その昔はどんな色だったのだろう。
当時はどんな言葉(古代日本語?)を喋っていたのだろう。
 
古代に思いをめぐらせて、公園内を散策した。
のんびりできる公園で、ここはおすすめの場所である。
 
そして、ここからほど近くに源泉かけ流しの温泉があった。
ツーリングに締めには温泉に入りたい。
 
 
茂美(もみ)の湯。(土日850円)
源泉かけ流しを売りにした温泉で、露天風呂の数も多い。
露天にある大画面テレビがやや興ざめだが、露天の広さは文句なし。
 
歴史探訪、ご当地グルメ、そして温泉。
久しぶりにツーリングらしいツーリングだった。
 
 
 
 
 
 
 
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甲斐駒ケ岳③

七丈小屋
 
15時10分頃に五合目小屋跡に到着。
<余力があとどれだけあるのだろう。>
 
これでもか、というくらいに梯子や鎖場が登場するではないか!
足場を気にしながら片手で鎖を掴み、もう片手で岩を掴む。
「えい!」と、ほぼ懸垂運動をするかのように岸壁をよじ登る。
 
 
一つ鎖場をクリアしたかと思えば、次はほぼ垂直にかかる長い梯子。
しばし足を止め、息を整えて、気力を奮い立たせてから登る。
そうしないと注意力散漫になって転落してしまうかと思ったからだ。
 
疲れた体に追撃の手は休むことなく襲い掛かる。
と言えば大げさかも知れないが、登っている時はそう感じたのだ。
<一体どうやって登るのだ?>
 
 
崖を登ってようやく歩く。
その先に小屋らしき建物が!
16時40分。七丈小屋に到着。
 
小屋の中に入って受付を・・・薄暗い室内に先客が3名ほどいた。
管理人さんが台帳を持ってきて受付を済ませる。
登山道入口にも掲示があったが、ヘリコプターの荷揚げがないようで食事提供なし。
素泊まり(寝具つき)で4500円。
 
僕はこれまでに泊まった山小屋は、八ヶ岳と北アルプスだけで、南アルプスでは初めてだ。
一昨年泊まった燕山荘は、まるでホテルのような規模に対して、ここは・・・。
 
静かである。
室内はストーブが焚かれていて暖かく、ヤカンのお湯は自由に使っても良いようだ。
外には水場もある。しかも、衛生検査に合格した天然水だ。
<山に来て、水がタダで手に入るとは・・・>
北アルプスとの違いに驚いた。
 
先客のおじさんたちと話をしながら、僕は持ってきたアルファ米を炊いて夕食に。
アルファ米とは下調理がなされた米で、すぐに炊き上がるという代物。
登山では非常に重宝する。
 
ここまでの登りでバテた体に食事は大切なエネルギー補給なのだ。
食事を楽しむということよりも、むしろ明日のための栄養補給といった意味合いが強い。
食後は管理人さんがくれたドリップ式コーヒーを飲んで、登山者たちと語らいのひとときを過ごした。
 
管理人さんは朴訥な印象で、ややとっつきにくい感があったがキノコに詳しいようで、
マツタケや食べられないキノコなどの話をしてくれた。
 
登山道の草刈や梯子、鎖の付け替えなどは管理人さんがやっているらしい。
30年後も使える設備を考えているようで、確かに道中の梯子や鎖はしっかりしているものだった。
小屋自体も質素ながら清潔で、トイレも綺麗だった。
 
この日の宿泊者の中で僕が最年少だった。
登山者は中高年が多いが、今年80歳になるという人がいたことには驚いた。
<80歳であの登りを上がってきたのか!>
ここまで登ってきてフラフラになっている自分が情けなく思われた。
 
黒戸尾根を登ってきて、満足な気分に浸っていた僕にとって
冷水をかけられたような心境だった。
僕がここまで登ってこれたのは僕だけの力じゃないんだ。
 
黒戸尾根ルートを拓いた古の修験者たち。
登山道を整備している管理人さんたち。
切り株に「あと15分」と書いて僕に元気を与えてくれた人。
山小屋に同泊の人たち。
僕が無事に帰って来るのを待っていてくれる人たち・・・。
いろいろな人たちの思いに支えられて登っているのだ。
 
管理人さんが言っていた。
登山道を歩いて頂上を目指す。それはそれでいい。
しかし、登山道なんていうのは山のごく一部に過ぎない。
山の楽しさはそれ以外のところにもたくさんあるのだ。
 
僕はどれだけ山を楽しんでいるのだろうか・・・。
頂上に立ったときの達成感、素晴らしい展望、下山後の温泉。
それも否定はできないが、僕は管理人さんの言う「楽しさ」をまだ知らないように思った。
 
「外はガスが晴れてきれいに星が見えますよ」
 
同泊の人の声に、僕も外へ出てみた。
夜空を見上げると、数え切れないほどの星が瞬いていた。
天の川が僕を見下ろしている。
いつまでもこうして眺めていたい夜空だった。
 
山小屋の夜は早い。
20時。明日に向かって眠りに着いた。
 
つづく
 
 
 
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甲斐駒ケ岳②

五合目まで
 
刃渡りを無事に通過した頃から山中にはガスがかかってきた。時刻は14時頃。
午後になるとガスがかかりやすいと調べた中に書いてあったのを思い出した。
そんな霧の先に梯子のようなものが見えてきた。
 
 
まさに梯子である。
落ちたら洒落にならないので、慎重に登って行く。
急登のあとの梯子や鎖場は体にこたえる。
但し、この程度のものはほんの序章に過ぎなかった。
 
梯子や鎖場を通過して、刀利天狗という社に着いたのが14時20分頃。
こんな山中に社を建てるとは昔の人は大変だったろうと思った。
それも駒ケ岳に懸ける信仰心によるものだろう。
 
 
と同時に、梯子や鎖がしっかりと付けられていることも驚きだった。
僕のイメージでは黒戸尾根はかつてのメインルートで、今や登る人も少ないルート。
だから、寂れた道なのではないかと思っていた。
 
ところが、登山道はきちんと整備されており、熊笹なども刈ってあった。
登山道で草刈機を見かけたくらいだ。
道に迷う心配もなく、廃道寸前だと思っていた僕のイメージは一転した。
しかし、登る人は見かけない。
 
霧の中を進んでいくと、まもなく五合目のはずだ。
しかし、登っても登っても着かない。
樹林帯の中をひたすら登る。
気分的にもうんざりとしてくる。
 
<何でこんなきつい思いをして登っているんだ?>
<これも一種の修行だ。>
 
僕の中で自問自答が繰り返される。
誰に登れと言われたわけでもなく、登ったからと言って何かもらえるわけでもない。
登ったという自己満足に浸るだけの話である。
 
辛いこと、苦しいことはたくさんある。
それらを上手くかわして、楽に生きていくこともいい。
しかし、時には苦しい道、厳しい道も、困難を乗り越えるためには必要なことだろう。
だから僕はこうして登っているんだ。
 
道の脇に小さな切り株を見つけた。
どうやら五合目小屋跡まであと15分という意味だろう。
ほんの小さなことだが、元気百倍で足が前に出る。
 
 
五合目小屋跡にたどり着いたのは15時10分頃。
あたりは霧に包まれて、休んでいると寒くなってくる。
 
かつて甲斐駒ケ岳へのメインルートであった頃は、登山者も多くて経営も成り立ったのだろう。
しかし、南アルプス林道が開通し、北沢峠からのルートがメインとなってから変わってしまったのだろう。
昔はここでどんな人たちが山旅を語り合ったのだろうか。
まさに、兵どもが夢の跡・・・である。
 
 
つづく
 
 
 
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甲斐駒ケ岳①

黒戸尾根から
 
僕はタクシーの窓から深い緑の山々を眺めていた。
<僕が登ろうとしている甲斐駒ケ岳はどの山なんだろうか。>
 
韮崎駅から約30分(約7千円)で尾白川渓谷駐車場についた。
皇太子殿下もここから登られたようで、記念碑が建っていた。
ここから竹宇(ちくう)駒ケ岳神社へ足を進める。
 
甲斐駒ケ岳は古くから信仰の山として登られてきた。
麓の駒ケ岳神社には石碑や矛が祀られている。
神社を通り抜け、森の中へ続く登山道へ僕は一歩足を踏み入れた。
 
 
 
今回の登山ルートは黒戸尾根から山頂を目指す道で、これは信仰の道でもある。
僕が黒戸尾根を目指す理由は何だろうか。
 
まず、修験者たちが登った同じ道を歩くことによって、古人の思いの一端にでも触れられればと思ったから。
そして、『日本三大急登』の一つに挙げられる黒戸尾根に挑戦してみたいと思ったからだ。
半月ほど前にNHKで放映された「小さな旅」を見たことも心惹かれる理由の一つだ。
 
朝10時に出発。
きついコースだということを肝に銘じて登っていく。
樹林帯の道は急な登りだが、一歩ずつゆっくりと歩みを進める。
覚悟を決めて登っているだけに、それほどきつくは感じなかった。
しかし、それは最初のうちだけだった・・・。
 
登り始めて約2時間で笹ノ平に到着。
ここは横手駒ケ岳神社からの登山ルートとの合流地点である。
ここから八丁登りと呼ばれる長い登りが続く。
道の傍らには信仰を表す石碑が点在している。
古人もこの長い登りを歩いてきたのだ。
 
 
笹ノ平から約1時間40分で、「刃渡り」と呼ばれる難所にたどり着いた。
切り立った岩の背の部分を通らなくてはならない。
崖下に滑落したら遭難間違いなしだ。
 
 
 
 
慎重に渡ってゆく。
しかし、しっかりとした鎖があるので慎重に通れば問題はなかった。
これで難所をクリアしたと胸を撫で下ろしたが、本当の意味での難所はこれからだった。
 
つづく
 
 
 
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鎌倉あじさい紀行

雨の季節に似合うもの―それは、あじさいの花だと思う。
どんよりとした厚い雲に覆われ、しとしと降る梅雨時、人々の目を引く季節の花だと思う。
 
あじさいの名所と言えば、関東地方では「あじさい寺」の異名のある鎌倉・明月院だろう。
境内の参道沿いにあじさいの株が植わっていて、美しい花が見る人の気持ちに感動を呼び起こす。
 
 
近所の生垣に植わっているあじさいもいいが、これだけの数がまとまって植わっていると趣が変わってくる。
薄い青色、深い紫色、白いもの・・・花の大きさも、手のひらほどのものから子供の顔くらいありそうなものまで。
 
雨の石畳。古いお堂が一つ。水溜りに映える一輪のあじさい。
 
そんな趣を期待して鎌倉を訪ねたのだが、実際は観光客で混み合っていた。
やはり、一番の見頃を迎えた名所に人が来ないわけはない。
 
 
北鎌倉駅では電車が到着するたびに大勢の人が降りるので、改札で行列ができる。
明月院に向かう道ですでに長い行列ができている。
もちろん、境内も混雑しているが、予想していたよりは花を楽しむことができた。
 
明月院の後、江ノ電に乗って長谷寺へ。
ここもあじさいの名所として知られている。
ところが、午後ということもあり長蛇の列ができていた。
 
急遽、予定を変更し、近くにある光則寺へ。
ここも花の寺として有名だが、長谷寺ほど混み合うこともなく、のんびりできる。
 
 
境内にはあじさいだけではなく、いろいろな花が植えられている。
そして、なぜか孔雀も飼われていた・・・。
 
雪のように白い花に心洗われる思いがした。
 
 
 
 
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鶏冠山

青梅街道を奥多摩から大菩薩方面へ抜けると、柳沢峠がある。
この時期は新緑が鮮やかで、バイクで走っていても気持ちがいい。
峠の茶屋にはライダーたちが一息入れていた。
 
僕は柳沢峠の駐車場にバイクを停め、ザックを背負い、山へと入っていく。
他のライダーたちから見ると僕は風変わりなライダーだろう。
 
 
今回目指す山は、鶏冠山(1,710m)という山で、山梨百名山にも選ばれている山である。
柳沢峠の標高が1,470mなので、標高差は240m。
今シーズン初の山行としては、ほどよいトレーニングになるだろう。
 
それともう一つ、今回は新しい登山靴のデビュー戦であった。
昨年に購入した登山靴だったが、なかなか山自体に出かける機会がなく、今回に至ってしまったわけだ。
足慣らしも兼ねての山行がスタートした。
 
登山道はきちんと整備されており、道幅もあって非常に歩きやすい。
林道歩きのような感覚で、平坦な道が続く。
ハイキングコースにもなっていて、初級者でも無理なく山歩きを楽しめるコースだ。
 
 
あまりにも平坦な、整備された道が続き、物足りなさを感じ始めたころ、横手峠を越えた辺りから山道らしくなってくる。
一歩ずつ、ゆっくりと歩いて行く。
時おり、木々の間から覗く青空を見上げてみたり、道端の植物を見たり、歩き急がないことを心がけた。
 
なぜなら、腰痛・膝痛予防のために。
以前はスタスタと登っていたが、今回は腰痛対策としての山行でもあるので、無理をせずに登ることにした。
 
そして、展望のよい場所に着いた。
この風景を眺めながら、軽食を摂る。
カレーパンが最高に美味い。
 
 
鶏冠山神社と書かれた標識に従って歩くと、鶏冠山の山頂だ。
絶壁の岩場に小さな祠が祀ってある。
 
 
山頂は狭いので、2~3人でいっぱいになってしまうほど。
しかし、僕が着いたときは僕だけしかいなかった。
 
今回はコース自体が歩きやすかったのだが、それにしても登山靴の効果はあった。
まず、足が疲れにくい。
平地を歩くときは、登山靴では重いのだが、山道に入るとその効果が発揮される。
岩や木の根につま先をぶつけても、足にダメージはなかった。
 
以前の靴(運動靴)では、爪が割れたり、内出血をしたものだった。
やはり登山をする上で、登山靴はケチってはいけないと実感できた。
腰も膝も痛くなかったので、今回の山行は成功だ。
 
次はどんな山の景色が楽しめるだろう。
 
 
 
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